森山 正男氏の手記
札幌の街中を吹き抜ける風にも夏真っ盛りの香りがいっぱいだった八月九日。
蓄音機とSPレコードを携え、丘珠にある老人保健施設「おおぞら」を訪れた
。
お年寄りたちに音のブレゼントをするためだ。
きっかけは、六月十九日の北海道新聞が報じた「音楽療法に専用室 歌って弾
いて健やかに」の記事。
記事によると、「おおぞら」(入所者八十人)では、痴呆症のお年寄りのリハ
ビリとして音楽療法を
採用、そのための専用室をつくり、今年四月から専門家の指導により本格的に
取り組んでいる。
音楽療法は、歌ったり楽器を演奏ずることによって、身体機能を回復ざせると
ともに、記億を甦らせ
たり、痴呆の症状をおくらせたりする効果があるという。
私は、以前から蓄音機やSPレコードを収集し、「レコードを多くの人に聴い
てもらいたい」「レコ
ードを使って何かお役に立てることはないだろうか」 と考えていたので、早
速、「おおぞら」の
婦長・駒井節子さんに連絡。 施設側も、「昔懐かしい曲を皆さんと一緒に集
しみたい」という私の申
し入れを快諾。やっと思いがかなって、「蓄音機でレコードを聴く会」を開く
ことになった。
その日に向け、施設に伺って事務長代理の常松仁さんや駒井婦長さんと打ち合
わせをしたり、自宅では、
レコード選びや歌詞力−ドづくりなどの準備を進めていったが、何といっても
大変だったのは選曲。
数あるレコードから、お年寄りの皆さんが知っていそうなものや、喜んでもら
えそうなものをピック
アップしていくが、「これもいい」「あれもかけたい」と、絞り込むのにとて
も苦労した。
結局、選んだのは、美空ひばりの「悲しき口笛」や小林千代子の「涙の渡り鳥
」など十六曲。
そして、その日がやってきた。 お手伝いをしてくれたのは、職場の仲間の山
崎君と長女・順子、
長男・浩の三人。 皆は、こうした施設を訪れるのが初めてのせいか、少しば
かり緊張気味。
「聴く会」は、二階と三階の食堂を会場に、それぞれ一時間程度の予定である
。 まず、二階の会場に
蓄音機と進行用のマイクをセット。 しばらくすると、ある人はスタッフに手
を引かれ、ある人は車いす
でと、お年寄りたちが集まってきた。その数は約四十名。ご家族らしい方の姿
もちらほら。
簡単な自己紹介とあいさつの後、いよいよレコードを回し始める。 トップは
東海林太郎の「旅笠道中」。
すると、お年寄りたちの間から、小さい声ではあるが、歌声が聞こえてきた。
歌詞力−ドを見ながら、
蓄音機から流れてくる曲に合わせて歌う声は、徐々に大きくなっていく。 時
間が経つにつれ、少しずつ雰
囲気に慣れてきたのか、次々と蓄音機から流れる「なつメロ」に合わせて歌う
お年寄りたちの顔はキラキラ
と輝き、とても楽しそうだった。
特に印象的だったのは、童謡「里の秋」のレコードをかけた途端、あちこちか
ら、すすり泣きが起きてきた
ことだ。きっと遠い昔の思い出が甦ったのだろう。一番前の席に座っていた男
性は、感きわまって大粒の涙
をポロポロと流し、ティッシュペーパーを何枚も何枚も使って、頬を伝い落ち
る涙をぬぐっていた。
そんな光景に胸がジーンと熱くなるのを覚えた。 二階での「聴く会」を終え
、三階へ移動。 三階では、既に
二十名近くのお年寄りたちがテープルに着き、待ち遠しそうにしていた。 あ
わただしく蓄音機などをセッティ
ングしていると、二階の会場に参加していた人達の中の十名ほどの方が、「も
う少し歌いたい」と言いながら
上がってきた。 その後も三階のお年寄りの方々が続々と集まり、五十人近く
は優に入れそうな会場が、ほぼ
いっぱいになった。 三階の参加者は二階の方々よりも少し若くて、それだけ
に歌声も大きく、時には手拍子
も起こり、会場は大いに盛り上がった。
用意したレコードを次々とかけたが、二曲を残し、とうとう予定の時間が来て
しまった。 「残念ですが、時間
が来たので、これで終わりにします」と言うと、一番大きな声を出して歌って
いた女性の方から、「歌詞力−ド
の最後に載っている〃青い山脈〃を、ぜひもう一曲お願いします」とアンコー
ル。
それにこたえることにして、「青い山脈」をかけると、お年寄りの皆さんばも
ちろん、スタッフの方も声をそろ
えて大合唱。 曲が終わると、会場を埋めた方々から大きな大きな拍手が沸き
上がった。
「聴く会」のずべてが終わり、会場からそれぞれの部屋に戻るお年寄りたちが
、目を潤ませながら、「楽しかっ
た」「懐かしかった」「また来てください」と言って私たちに歩み寄り、手を
しっかりと握った。その手は、少
し節くれだってゴツゴツしていたが、とても温かかった。 こうして、「蓄音
機でレコードを聴く会」は、楽しく
賑やかに、そして私たちの心に爽やかな感動を与えた。
こんな素晴らしい機会をつくっていただいた「おおぞら」の皆さんに深く感謝
を申し上げたい。
(森山正男H9.9.1記)
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